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日々響く日々

人生に意味を問われている

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人生に意味を問われている

今日も朝から絶不調。
卵かけ納豆ごはんを無理やりかっこみ、児童養護施設に向かう。

今日は児童養護施設での紙芝居の日。

到着し、子供たちの前に立ったわたしの表情はすでにこわばっていた。
最近人前でどんな顔をしていいのかもわからない。

それでも人懐っこく寄ってくる子供たち。
13人より人数が少し減ったそうだ。
普段は子どもたちと遊ぶのは好きだけど、
なにせ精神状態が悪いので子どもたちの目も見れない。

でもそんな自分の緊張をほぐしてくれたのはやはり子どもたちで
心閉ざしてる私を、全開で受け入れてくれた。

そして紙芝居が始まる。




初めは緊張していたけれど、子どもたちが演じやすい空気を作ってくれた。
明るくて優しくて子どもらしい子ばかりだった。

子どもたちは集中力がないから途中で飽きるかもしれないと
事前に先生から言われていたのが、
一つ作品が終わるたびに、「もっと」「もう一回」の声があがり、
気づいたら自分の作品はなぞなぞ含めて6作品、すべてやり終えてしまった。
子供によっては反応が微妙ならんぱくふじんもここでは成功。

らんぱくふじん人形も人気者に。
この動画は昔でまだちょっとなんかぎこちなくてただ読んでるって感じ。
今日、練習不足ではあったけど、その分子供たちとの掛け合い中心になって
かえってよかったかもしれない。
紙芝居は生のライブ感が大事で、読み聞かせとはちがうのは
その時の観客、雰囲気で、演じ方がどんどん変わるところ。

今日はとにかくいい紙芝居空間が生まれた。

作品が足りなくなったので、わたしが尊敬するまついのりこさんの名作
「ごきげんの悪いコックさん」も追加で演じたけど、
見たことある子も多かった。
それでもとても盛り上がり、
コックさんが作った飴をくばって最高潮といったところで終了。


わたしの紙芝居は参加型紙芝居で子どもたちとの掛け合いが重要。
先生によると、施設で絵本などの読み聞かせはするそうだが、
こういった参加型の形式のものははじめてで
子どもたちは楽しかった様子。
みんな積極的に参加してくれて、紙芝居は大いに盛り上がった。

記憶力紙芝居「にているなにかをみつけたよ」では
言わなくても記憶をたどって答えてくれたり、

伸びる紙芝居「ぞうのしっぽ」でも順番に場面をつなげて
ぞうの体をのばしてくれた。



わたしが子供たちに楽しみを与えるのではなく、
子どもたちがわたしに紙芝居をうまくやらせてあげようと
たくさん助けてくれていたように思う。


閉じてた自分のエネルギーが引き出されて、
元気がないところに元気をわけてもらって
わたしは最後まで演じることができた。
飛べないところをみんなでひっぱって飛ばせてくれた感じで
終わったあともしばらく浮遊感のようなものが残り
急な上昇による反動のような余韻でぼうっとした。

なぜか涙腺がゆるみまくりで、成功したうれしさっていうわけじゃなく、
ただただ泣きたくて泣きたくて感情がぶっ壊れていた。

最後に、先生たちが「この人はみんなの先輩ですよ」って言ったとき、
それは小学校がって意味だったんだけど、
同じ境遇だった先輩ですよって言われた気がしてドキっとした。

子どもたちはたぶん最初から見抜いていたのかもしれない。
私もまた仲間なのだと。
だから最初からあんなにも受け入れてくれて
あんなにも協力的で、心から「交流」できた。

私は彼らに本当に助けられた。
活かしてもらえた。
終わったあともくっついてくる子どもたちに
本当に本当に優しさをもらった。

施設の先生たちには感謝されたけれど、
感謝したいのはこちらの方で、
この話を持ってきてくれたご近所のKさんにも本当に感謝している。

今の自分にはフランクルの言葉がとても響く。

あなたが人生に絶望したとしても、人生はあなたに絶望しやしない

人生悔やんで虚しさばかりで立ち上がれない時でも、
まだ人生は私に意味を問う。
すべてを壊してしまっても、それでも人生はまだ意味を問う。
生きてる限り。

自分を癒す愛情は自分の中にもまだあった。
子どもたちがみつけてくれた。
そして循環させてくれた。

子どもたちが「こんな絵が描きたい」と言ってくれてうれしかった。
寄贈したわたしの絵本や小説も喜んでくれた。
自分にも喜んでもらえるものがある・・・。

愛情を発揮できない状態のときはただただ辛いもの。
愛情の呼び水は愛情で、私は子どもたちに癒されて
まだ自分の中に発揮できるものがあることに気がついた。

成功感や達成感は正直なくて
この感覚をなんと言い表していいかわからないけど、
虚しさではないただ透明な悲しみで涙に暮れている。

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コメント

1. 無題

フランクルとはあの、『夜と霧』の著者、ヴィクトール・E・フランクルのことでしょうか?
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/2263/trackback

Re:無題

そうです。『夜と霧』は名著ですよね。トランスパーソナル心理学の本でなぜか紹介されていたのをきっかけに知ったのですが、そのときの本の中でも彼だけが明らかに異質というか、言葉の重みが他とまったく違うように感じました。今もガンガン響きます。

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倫子
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