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日々響く日々

分岐点となるあの場所へ

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分岐点となるあの場所へ

風呂に入るのもめんどくさいし
髪をとかすのも面倒なので、
美容室に髪をばっさり切りに行った。

夕方はあさっての養護施設での紙芝居の打ち合わせ。
この施設はうちの近所にあり、私には馴染みのある施設。
と、いうのも、五歳で親が離婚したとき、
この施設から目と鼻の距離の祖父母宅が最初は私を引き取ってくれなくて
この施設に入る直前だったのだ。

中国では祖父母の育児拒否なんてありえないといわれるけれど、
べつに日本じゃめずらしいことじゃない。

もしもここで育っていたらと通学路であるこの施設の前を通るたびに考えた。
ここには同級生もいた。
みんなの人気者だったサッカー少年。

今日、施設の先生と会ったら、
なんとその少年のことを知っていて、
一気に時が戻った気がした。
彼は中学生になりグレて、その後は関東の方に行き
今は音沙汰ないという。

先生も言ってたけど、私の記憶でも彼は、
やんちゃだったけど陽気で繊細で優しい男の子だった。

あれから月日は流れ去り、近所とはいえ今日はじめて中に足を踏み入れた。
あさって私の紙芝居を見るのは小学校一、二年生と小学校になる前の子供たち13人。
施設に入る直前だった自分と同じ年頃の子どもたち。
自分自身がそうだったからよくわかるけど、
愛着障害や多動性障害の子もいるらしい。

一体どんな紙芝居になるのか・・・

何しろ私のメンタルが絶不調である。

準備もなかなかはかどらなくて、それでもなんとか奮起しようとしている危うい状態。

ああ、きっと子供は見透かすだろう。
子供たちを喜ばせようとすることで満たそうとする承認欲求はないか。
元来求めてばかりで与えることにも報いを求める汚いエゴ。

果たして自分は交流できるか。
こんなに閉じてしまっている状況で。
自分の分岐点となったあの場所で
まるで昔の自分のようなあの子供たちの目にさらされる。
その中にきっと私もいる。

今まで子どもと交流が得意だったのは
私の中の子どもが元気だったからで、
あらゆる拒絶で瀕死の子どもが今は冷たくなっている。
否定したのは誰だ。
それは、自分自身だ。

何のために誰のために光の絵を、元気になる絵を、希望の絵を描き
励ましの言葉を、優しい言葉を、勇気を与える言葉を紡いできたか、
すべて自分のためだった。

人によって傷つき、関わりを拒絶しながら、それでも人に期待する。
距離感がつかめず失敗して傷つきそれでも人の温もりを求める。

子供と遊びたかったのは自分の中の子供で
交流したかったのも自分の中の子供。
否定したから出てこれなくなった。
それが何の縁か今になって分岐点となるあの場所へ。

きっと14人目の子どもがあさって私を待っている。

成功しても失敗しても、向き合わざるを得ないだろう。

14人目の瞳が私の中で見つめている。
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コメント

1. 熊吾郎さんところから来ました

昔、担当した学生にリストカット常習者がいました。彼女が臨床実習に出る時、学内の心療内科の先生に、『患者さんにその「跡」がどうしても目につくので大丈夫か?』 と相談したことがあります。そうしたらその先生曰く、

「そうした人が身近にいるということを患者さんが実感することは決してマイナスにはならない」

と言われました。その先生には自分の考えを何度か打ち砕かれました。
https://blue.ap.teacup.com/applet/salsa2001/1809/trackback

Re:熊吾郎さんところから来ました

コメントありがとうございます。
読んでて救われたというか久々に肯定感を得られました。
リストカットの話よくわかります。
私も子供の頃やめられないことがいくつかあって、
でも大人にはただ注意されるだけで、注意されるから隠れてやるけど、
みつかるとただ一方的に怒られて、罪悪感だけを募らせていきました。
やめろとされることをやめられない自分ってのはなかなかきついもので
追い込まれていくのでその心療内科の先生の言ってることは正しいと思います。

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倫子
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