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日々響く日々

ご近所ユートピアin南通

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ご近所ユートピアin南通

♫き~みの知らなーい、異国のまーちでぇ
き~みをおもえばぁ、泣~けてくるぅ♫

古っ!!!

この「無錫旅情」でおなじみの無錫で五時間の高鉄待ちをしております。

私がいるベンチではさっきおにぎりを買ったコンビニの店員たちが
お昼寝をしている。

こちらじゃよく見る光景。
労働者の昼寝タイムは当たり前。

わたしはコンビニでもバイトしたことあるけど
ジャパンじゃ客いなくても品出しとかしてなきゃダメなんすよ。
レジにずっといるのもダメ。

まあ早朝は一人だったから立ち読みとかしてたけどね。

コンビニも無駄に厳しくて、損失分はバイトに自腹切らせるし。
頭きてやめた。

そんなことをふと思い出しながら、
牧歌的なコンビニ店員の昼寝風景を眺めていた。
じゃぱんコンビニは
外国人労働者も多いけど彼らはエリートだと思うよ。
仕事多いし、日本語もかなり必要になるもの。

さてさて、一昨日の話。

9時のバスチケットを買いそびれ、その後さらに一時間半待って
南通行きのバスに無事乗れたものの、バスの中でトイレに行きたくなる。

上海から南通までは2,3時間の道のり。
中国の長距離バスにはトイレがついてないし、
それぐらいの時間じゃトイレ休憩もしないという。

ピンチ!!!!

その上ちゃいな運転は荒い!

やめろ~膀胱を揺さぶるな~!!!!

そして南通では
こちらで働くじゃぱん人の正ちゃんと
我が娘委員長が出迎えてくれて
感動の再会!!!!・・・のはずが
第一声が「トイレどこ!!!!!!!」

なんとか事なきを得て
三人で日本料理店に行き、正ちゃんにごちそうになる。

正ちゃんとはこちらで知り合った。
二年ぶりの再会だったが、
相変わらずナチュラルにお洒落な方だった。

正ちゃんを委員長の車で送ったあとは、
委員長の家へ。

お父さんは仕事でいなかったが
お母さん、おばあさん、おばさんが出迎えてくれた。
(翌日おじいさんにも会った)

みんな近くに住んでるらしい。

委員長は「うちはふつうです。お金持ちじゃありません」
と言うけれど、
集合住宅の委員長の部屋はとても綺麗で
とてもきれいなトイレと洗面台も二つある。
車も二台。

これで普通???

昔住んでた一軒家は国が道を作るというので立ち退きを迫られたらしく、
今の集合住宅は当時そこに住んでた人たちが
国に与えられた住居だという。

そこに住むまでに六年かかって、
その六年間は部屋を借りてみんなでぎゅうぎゅうに住んだから
たいへんだったらしいけど、
今はおじいさんとおばあさんの部屋も別にあるし
お父さんとお母さんと暮らす部屋の向いはさらに
委員長が別に住んでもいいような部屋があるし
私からしてみたらとてもいい暮らしに見える。

そして何よりいいと思ったのは、
集合住宅全体が、以前の地域の人たちばかりで
みんな顔見知りってところだ。

その夜、委員長とおばあさんとおばさんと散歩に出たけど
ほんと会うのは知り合いばかり。

散歩はこの辺の人の日課らしく
近所の人もみんな同じ時間に散歩したり、外にいる。

集合住宅の外ではこんな光景が。


ちょっと暗くて見えにくいけど、
ようするに近所の子供たちがみんなで遊び
お年寄りは座って談笑し、
おばさんたちは踊ってるというカオスな光景が見られる。



このおばさんたちの踊りはここに限らず
どこでもやってて、私も前に別の場所で参加したことあるが
なかなか楽しい。



寝てないし疲れてるけど踊らずにはいられない。

そんな私をただ眺めている委員長一家。
おばあさんは、恥ずかしくて踊れないと言ってたらしい。

それにしてもいいなぁ。

ちょっと外に出ればこうやってみんなでワイワイやっている。
話し相手に困ることはない。
みんな知り合いでみんな仲間で友達。

わたしは一人暮らしの父のことを想った。
父だけじゃない。
じゃぱんは独居老人が多く、
とくに男の人は家に引きこもりがち。

いつからじゃぱんはこうなったんだろう。

いつから家族や近所のつながりが希薄になってしまったのか。

ここは夜でも外にたくさん人がいて、
散歩すれば数メートルと歩かずにすぐ知り合いに声をかけられて、
誰もが孤独を感じることがない。

じゃぱんはちゃいなの観光客のマナーの悪さだとか
悪いところばかり報道しているが、
どうしてこういう素晴らしい面を伝えようとはしないのか。

わたしは
「いいなぁ、こういうのいいなぁ、本当にいいなぁ」
連呼していたが、
これが当たり前で育った委員長はよくわからないといった様子だった。

つまり私が求めているのはこういうことなのである。

父がいて、家族がいて、友達がいて、仲間がいて、
いつでも会える距離で、誰も孤独を感じない。

そんな環境。

だから元旦那とも一緒にごはんを食べたいってのにこだわったし
学生たちが来た時には一緒に参加してほしかった。

それができない相手だったのだからしかたないが
一人でごはんはやはり寂しいのだ。

そんな私にいつも寄り添ってくれて
一緒にいてくれた委員長がこんな環境で育ったことは納得だ。

委員長のお母さんも本当にいい人だった。
委員長が世話になって非常に感謝していると私に何度もお礼を言っていたが、
むしろわたしの方が感謝すべきだ。

「おかあさん、委員長を産んでくれてありがとう!」と。


でも常に家族が一緒ってのも正直疲れるものがある。

この日、委員長の家に行くとまず
家族にぐるりを囲まれ、
とにかく食べろ食べろと色々なものを出してもらった。

昼に食べ過ぎたのでわたしはほとんど食べれないし
もともと少食な方。

お母さんもおばあさんも料理が上手とは聞いていたけど
確かに目の前には美味しそうなものがどんどん出てくる。

私が桃が好きだといえば桃がどんどん出てくるし。

うん、この環境だから委員長が食いしん坊になったんだなと納得。

じゃぱんからの移動でろくに寝てないし
早く休みたかったけど、散歩行って踊りまで踊って
かなり疲れた。

常に家族が一緒で家族で大歓迎ってのは非常にありがたいけれど
一人の時間もやはり必要で
挨拶だけして「あとはごゆっくり」のじゃぱんスタイルも
まあアリだなぁと感じた。

でもちゃいなのいいところははっきり言えばすむってところ。

だからこの日も「シャワー浴びて寝たい、できれば一人部屋がいい」と
主張して休ませてもらった。

委員長はお母さんと寝るってことで
委員長の部屋を占拠してしまったが、
綺麗で快適な部屋だった。

委員長が綺麗好きってのもよくわかる環境。

こんな生活をしていて、あの大学の四年間の寮生活をしてたと思うと
かわいそうだなぁと思った

蘇州の腐女子(委員長のクラスメイト)のマンションも綺麗だったし
大学にはヨーロッパは散歩に行くぐらいのものって感覚のお坊ちゃんもいたし
みんなよくあの大学での汚くて窮屈な寮生活に耐えているよ。

トイレは汚いし共同だしシャワーは裸で並んで待つシステム。
囚人生活か?ってぐらいのものに感じるけれど
それでも学生時代は格別なものらしい。

委員長は卒業後、都会での通訳の仕事は選ばず、
地元に戻って、自宅から職場に通う生活を選んだけれど
ああいう環境ならそりゃ戻りたいだろうなぁと思った。

ごはんもお母さんが仕事でいなければ
おばあさんちで食べるらしいし、
なんの不自由もなく、家族のそばで暮らしていける。

わたしの知ってる学生たちは
将来地元で暮らすって考えの子が多いように思うけど
家族や身近な人たちのそばで楽しく生きるのが幸せって価値観があるんだろうなぁ。

こんなユートピアみたいな生活がほかの場所でも
繰り広げられているんだろうか。

大都会では失われているというけれど
この光景はちゃいなだけでも残っていてほしいと思う。

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コメント

1. 無題

海外へ旅して、夕暮れ時に同じ様な光景を経験したことが多々あります。
日中は暑くて、光が厳しく、夕暮れ時は、一日の締めくくりの様な雰囲気で、陽射しも和らぎ、場所によりますが電気もなく、ランプなどの明かりで、眠りに就きます。
食事も周りに大勢いて、楽しいやら、厄介やら色々ですね。
その夕暮れ時を大いに楽しみたいと、モンゴルの夏は22:00ごろまで薄明るく、騒いでいます。但し、冬季は体験がありませんが、しないでしょう。厳冬の-20℃の環境になります。
季節を楽しいで下さい。

Re:無題

モンゴルの夏!
体験してみたいです!!!

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倫子
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